作品展146「樹」152号を読んで

  二〇〇五年もやっぱり?悪のススメ          
 十一日門司港の海峡ロマンホールで「馬頭琴の夕べ」を開いた。主催は馬頭琴を弾く内モンゴルの留学生吉日木吐(ジリムト)さんと踊りのドガラさん、歌の朱蘭さん三人の青空グループなのだが、来日して二年目のジリムトさんの馬頭琴を戸畑の商店街で聴き、そごうで開く「さとこの日記広場展」の最終日の小さな音楽会に出て貰って以来の付き合いで、旧暦八月二十九日生まれのジリムトさんの誕生会を日記広場で開いたり、昨年の結婚式には日記広場の子どもと出席したりしている関係で応援した。演奏活動を始めたいのでどこか会場はありませんかと相談を受けたのが端緒で、打ち合わせしていると、押しかけマネージャー兼司会になってしまった。スタッフが足りなくて会場設営から撤去など、ない知恵もない力も出せたから不思議。火事場の馬鹿力のたぐいだろうか。
下関から近いでしょうと照代さんをお誘いすると、来てくださった。美禄句会の月代さんも。感謝だった。
 内モンゴルと、モンゴル共和国は別なのだが、いずれにしてもモンゴルの大草原で、馬頭琴を聴きたいなあと思う。
モンゴルふれあい旅をジリムトさんは企画するそうだ。
  ストローを曲げれば見える秋の風   佐藤 綾子
 最近のストローは、飲みやすいように曲がるようになっている。注文のジュースが運ばれ、ストローの先をちょっと曲げて飲もうとした時、ふと秋の風を感じた綾子さん。
理屈抜きに共感してしまった。

  味噌汁の匂いがすると日曜日   佐藤 敏彦
 我が家は日曜日には味噌汁は作らないのだが、敏彦さんは、日曜日。この断定が、なんとも言えず面白い。しかしこの形はもう二度は使えない。面白いからと言って、塩鯖の匂いがすると月曜日とか、オムレツの匂いがすると水曜日とか、もう二番煎じになって魅力はなくなる。これが俳句の厳しいところだろうか。

  稲刈りやしわか傷かと聞く女房    重松 順弥
 稲刈りが終って、お互いほっとしていたのだろうが、まじまじと見られた挙げ句、女房殿から「あんたのそれは皺だったかねぇ、傷だったかねぇ」と聞かれたそのままが俳句になり、実に面白い。
  誤字のまま落書き褪せし神無月    澄 たから
 いったいどんな誤字なのだろう、どこに書かれた落書きなのだろう。想像がどんどん広がる句である。どことか何とか全部言ってしまうと俳句ではなく、短歌になってしまう。いつも具体を書こうと言う私だが、こういう情景は「誤字の落書きが褪せた」という事実が強い力を発揮するから、細かいことは省いていい。省いているにもかかわらず、その落書きを見ているたからさんの表情が浮かんでくる。その誤字が書かれたはじめからを知っているだろうたからさんの生活が漂ってくる。神無月という言葉の威力もあるかもしれない。

  秋夕焼けカメは路上で背伸びする   宗  五朗
 十年ほど前亀を飼っていた。メキシコ赤目亀、通称ミドリカメで、縁日で息子が手に入れたもの。当初は水槽で飼っていたが、二十センチ以上にも育ったある冬、水槽から出していたらピアノの下とかに潜り込んでは寝て、のどが渇いたらお風呂場に行って水を飲んでいた。わたしが座布団に座ると、亀はのろいと言われるがなんのその素早くその座布団の下に潜り込む。他の人の座布団ではなく、私のだからちゃんと見分けていたのだろうか。でもベランダに出られるくらい大きくなりすぎて、四階のベランダから落ちてしまい、内臓破裂で死んでしまった。それでカメの句に心惹かれた。したことはなかったが、そのカメと散歩したら、こんな風景も見られたかもしれない。
  昨日より今日は小さし秋の蝶     仲 三千子
 昨日の蝶と今日の蝶は同じとは限らないから、昨日より今日は小さいなんて言えないではないかとこの句に文句をつける人は、俳句の読みが浅いと言えよう。印をつけたわけではないが、三千子さんは確かに昨日の蝶が今日も飛んで、それが少し小さく見えたのである。そう作者は言っている。俳句は書かれたように読むのが大切だと、いつも思う。やたらと側に引き寄せて、深読みするのは自分のためにも、ましてやその俳句のためにもならない。俳句が一旦作ったら一人歩きするのは、それは俳句の性格上(省略という宿命上)仕方がないことだが、だからといって読み手が勝手に曲解していいことではない。出された俳句に謙虚に向き合って、先ずこの句は何を伝えているのだろうと、正確に読んで欲しい。だから作者も、伝えたいことはこのひとつだと、狙いを定めて作らなければ、読み手を混乱させてしまうことになる。難しい俳句を作ると言われるわたしがこんなことを言うのはおかしいと思われるだろうが、私自身狙いを定めて、シンプルに作っているつもりだと弁解しておく。

  ふるさとに兄の木がある柿がある   林 照代
 モンゴルにずっと憧れていたという照代さんのふるさとはどこなのだろう。そこにお兄さんの木がある。柿の木がある。この直截ないい方に、万感が込められている。馬頭琴の夕べの会場で”映画「杉に生きる」テーマ曲 星のかたりべ”のテープを頂いた。照代さんと同年の従兄の松本秀信氏作詞三島大輔氏作曲。次の語り部分は森繁久弥氏。
花は枯れ、山河は汚れ、虫たちが滅び行く姿を、私たち は救えないのでしょうか。人は悩み、躓き、そして迷いなが ら花の美しさを知り、山の緑に感動して、生きる力を授 かります。木々の命がわたしたち人間の、癒しと安らぎの 故郷であった時代の事を、忘れないで欲しい。
南方新社出版の『木を植えましょう」正木高志著定価千五十円を読んでいる。熊本菊池市在の方だが、江津湖の櫻の老樹が「私は病んでいる」と呼びかけたことに端を発し、木を植えるボランティアグループ「森の声」を主宰されている。この本一冊買えば、苗木を一本植えられますと帯に書かれている。どうぞ見かけたらこの本を買ってください。そして縄文時代を木の植わっている状態の十とするならば、二でしかない現代に、一本でも多く木が植えられるように協力してください。

  風呂吹きや母の形見に鍬もあり   林  輝義
 風呂吹き大根の滋味を帯びた白さに、きっとよく手入れのされた鍬の黒さが、似合っている。たまたま母の形見の鍬を使った夕餉に風呂吹き大根があったのかもしれない。しかしそれは偶然とは言わない。組み合わさるべく用意された必然なのだ。嫌になりながらも、あるいはもう作るのを止めようかと何度か思いながらも、続けていると、このような偶然を装った必然が目の前で起こる。これは神の恩寵ではないかとおもう。良かったですね、輝義さん。

  明月や愚痴もこぼすし腹も空く   宮本 千賀子  続・わたしの「帰投」執筆、大変だろう。でも、書くことで、読みが深くなるのだから、懐の深い俳句を作ることにつながっていくはずだから、頑張って欲しい。とはいえすらすら書けなければ、どうして引き受けたのかしらとか、病気になれば書かなくても済むかしらと、愚痴も出るし、原稿書いているからといって、自動的に料理が出来るわけではない。原稿書いていて、この句が生まれたとしたら、すごいことだと思う。艱難汝を玉にすという言葉通りだ。

  枯木ひとり去年のかたちに暮れしかな  秋山  敬
 去年の枯木と今年の枯木は同じかたちをしているというとらえ方が、シンプルだった。そこは敬さんが構築した世界であり、夾雑物のない小宇宙であろう。

  坊来てみ月ン中やっぱあ兎じゃの   矢野 澄湖
方言のよろしさと、おばあさんかおじいさんが孫に語りかけた言葉そのままの素直さがいい。

十二月号五句選

坊来てみ月ン中やっぱあ兎じゃの   矢野 澄湖

ふるさとに兄の木がある柿がある   林  照代

「それから」を聞けずにうつむく芒かな 宮本千賀子

神無月生活は生活恋は恋        依田 しず子

誤字のまま落書き褪せし神無月     澄  たから



2005.1  「樹」153号掲載