作品展望142「樹」148号を読んで

  躓きながら悪のススメ          

井上ちかえさんから「水靴」解説のおたよりをいただいた。ずっと昔「猫車」が解らないと書いたら、教えてくださったことがある。そういうおたよりを頂くと、読んで下さっているのだと嬉しくなる。4年前から季刊の『日本精神神経科診療所協会誌』略して『日精診誌』に原稿用紙約十枚の「街角の俳句会」を書いている。一五〇号の十三回目はどうも書けなくて泣き言を書いてしまった。すると熊本の方から編集長に、今回のを読んで気になりました。日精診誌を開くと一番にこのページを読むファンがいます、いう内容のお手紙が届いた。それを知らせて貰って、嬉しくて涙が出た。書けないと悩んだ原因の一つは、私の書いている頁を読む人がいるのだろうかという不安だった。二百何十頁もあり千部以上印刷されている。はじめは気楽に書いていたが、反応がないのは不安の元。それを見抜いての激励は、さすが「こころの診療所」を開かれている方と感服。街角俳句会はグランパというショットバーで開いているが、熊本でも俳句仲間の方ととグランパというバーに行くそうで、思わぬ符丁に驚く。どちらかのグランパで合同俳句会をしようとの提案があり、楽しみにしている。
 水母うすくみな遠ざかるこころざし   足立 雅泉 第二次世界大戦で負けた日本は、「戦争放棄」を掲げた憲法を作った。これは歴史的な偉業といえる。ところが、その憲法を改めようとする動きがある。自衛隊派遣が憲法違反にならないために変えようとしているのだろうか。わたしたちは、よく見、よく聞いて、そして行動しなければならない。いつのまにか戦争になっていた、知りませんでした、私の力ではどうにもできませんでした、などと事が起こった後で言ってはならない。経済評論家の内橋克人氏は「戦後日本を貫いた戦争放棄の思想は、尊重されることのなかったわたしたちの命の代償として戦い取ったものであり『乏しきを憂えず、等しからざるを憂う』の精神を岩盤としていた」と西日本新聞一面「いまこの時代に」で意見を述べられている。敗戦直後の日本には確かに敗北感から来る虚無感もあった。しかし戦後復興のめざましさは、個々の命が支えたのだし、その命は、戦争の大義名分の元、軽く軽く扱われ失われた多くの命への贖罪が原動力となって、輝いたことを忘れてはいけない。そういう「こころざし」が水母のようにゆらゆらと・・・非常に切ない。
  選挙カー夾竹桃はゆれませぬ     阿部 禮子
参院選だろうか、選挙カーの喧伝への冷ややかな目。お願いします、お願いしますだけでは、夾竹桃も動かせない。友人が岡垣町議に立候補したので、昨春、一日だけ選挙カーに乗ってマイクを握り、彼女の名前と短く纏めた政策をゆっくりと喋った。それを何回も繰り返す。彼女のそういう誠実さが初当選を導いたことをこの句に思い出した。原爆の被災地に、一番早く咲いたのが夾竹桃だったという話を聞いたことがある。そういう意味からも選挙カーと夾竹桃の組み合わせは、はずせない。

天国に一番近い昼寝覚め      小森 清次
 覚めて良かったですね、清次さん。いや、臨死体験ではなくて、マリリンモンローに愛された夢かな?天国というのがいい。

  風一枚一枚捲り蝶生るる      佐々木 雲恵
五年ほど前、青筋揚羽の誕生をこの目で見たのだが、濡れた羽を静かに静かに動かし、やっと飛び立っていった。そうか風を捲っていたのだなあと、雲恵さんの句に感動。

  蝉の木の下で胡座をかく男     佐藤 綾子
若い子が町中でも駅でも、平気で座る。JR内では「座り込むとお客様の迷惑になるので・・・」という放送が入る。ジベタリアンというらしい。しかし、古来人間は地面と親しかったはずだ。ただし、この地面は土の面であって、舗装された人工的な面ではない。運動会で、こどもたちは地面にではなくて、教室の椅子を並べて、それに座る。直接座るとお尻が汚れて立ち上がる時、ぱたぱた叩くからその防止のため?地面で手遊びするから?子どもの生命力が弱まっていると危ぶまれているが、こういうふうに大事にしすぎるからではないだろうか?蝉の木の下で、男はそんなことを考えているのかもしれない。

ひまわりをこっぱみじんにして帰る  鮫島 康子
七月三十日、似たような体験をした。ホタルの出る小川の辺にひまわりが植えられていた。この暑さでひまわりがぐったりしていると思ったら、もう種をつけて重たさに首を垂れているのだった。このところひまわりの種に巡り会わなくて日記広場で、向日葵を育てていないのが残念だった。それで、これ幸いと種を採る。力を入れると、パラパラッっと、種がこぼれてしまう。それが「こっぱみじん」の形容とそっくりである。康子さん、こっそり見てらしたのね。とは冗談で、これは夕焼け風景だ。沢山咲いた向日葵に夕日が当たっている。「夕焼け」は夏の季語であるのは、夕焼けが一番綺麗だからだ。夕焼けは秋と思っていたが、これは枕草子の「秋は夕暮れ」に刷り込まれたから。七月十九日の素晴らしい夕焼けに、それを実感。
死ぬまでは糞袋なり青嵐       瀧  春樹
 「うんこ日記」という絵本がある。お父さんが留守だった一週間の食事の内容が、男の子の描くうんこに託されている愉快な絵本。川端誠・村中李衣さん共著。それをインターネットの掲示板に書き込むと、若い友人が
 結納の席で、私の伯父が「うどんの材料を入れて、うどんが出てくるのは『うどん製造機』。人間は口から食べ物を食べてお尻からうんこをだすから、『うんこ製造機』ってわけだ。人間、偉そうにしていても所詮うんこ製造機なんだから・・・云々・・・」と言って場を沸かせたのを覚えています。伯父はもう亡くなりましたが、実はお坊さんでそんな話が上手かったんです。
と返事をくれた。糞袋然り。

書き出しに躓く夜の花梔子      古永 房代
 枝光公民館春の講座で「楽しく書こう」を担当した。三十代から八十代まで、書くことが好きなのに、みな苦手だと思いこんでいる。あれこれの材料で書いて頂くと、みな素晴らしい内容ばかり。書くのは難しいという先入観が取れたら、どんなに楽なことか。そうは言っても、気のおける相手への手紙の書き出しは、誰しも頭を抱える。拝啓では堅すぎるだろうか、こんにちはでは芸がない、季節の挨拶も、どの花にしようか、どの時刻にしようか・・・と迷う。手紙とは限らない。句評を頼まれての書き出しかもしれない。この作品展望も、はじめの雑文の半ページが書けると半分以上書いた気になる。それほど書き出しは重要。花梔子の濃艶な香りが悩ましい。 

  七五調の鳥いて胡瓜きざみおり    松田 眞弓
 胡瓜を刻む軽快な音が聞こえる。七五調の鳥は、眞弓さんに重なる。何かしていても、それが俳句に繋がっていく生活が感じられて、羨ましい。

みなづきの光大きな封書開く    羽犬塚 結
 日精診誌一五一号に書いたので重複するが、是非書きたいのでかいつまんで書く。グランパ句会で迷わず特選にした句。後で作者から、この封書はこころの診療所長さんからの、私への激励の手紙が入っていたのだと伺い、驚く。熊本で句会を開かれ、年一回、四〇頁ほどの『渓流句会』を発行されていて、手紙とその小冊子が同封されていたから「大きな封書」になったのだ。そういう事情は全く知らないのに、感じる物があって特選にした事実に、私自身感動してしまった。言葉の力をまた感じることができて幸せだった。劇団「MAM」や俳優松橋登の一人芝居の、脚本も書かれる結さんが同人になられることで、『樹』が新たな命をふくらませるだろうと、愉快。最寄りのJRは羽犬塚駅の八女の恭子さんから「堂々の風格ですね」と期待の言葉が寄せられたことも付け加えよう。
2004.9 「樹」149号掲載