作品展望139「樹」145号を読んで

    虹のように悪のススメ                  

 五月五日一時二十三分虹を発見。駅へ急ぐ道すがらの信号待ちに、いつもの癖で空を見上げる。三日四日と雨天だったから、青空が鮮やかだった。その西南に虹を見た。弧ではなくまっすぐな虹だったから目を疑った。他の人は知らん顔して青になった信号を渡っているので幻覚かと思ったが、最近買ったデジカメで撮すとちゃんと写っている。カメラを構えていたら、その方向からくる二人連れが不審な顔だったので「にじです」と言った。そこで二人は腕時計で時間を確認した、というのは嘘で、まず女性が「あらー」と声をあげ笑顔になった。男性はちらと見上げ所在なさそうだったが、別れるとき私に会釈したから許そう。ホームでもまだ見えていたので恥ずかしかったが、また「にじです」と指さして教える。三人と「昔はもっと見えたものです」とか「久しぶりです」とか「きれいですねえ」と会話する。もっと多くの人が電車を待っていたのだが、無関心だったのは虹の第一発見者としては悲しいことだった。虹に心を動かさない人がいることが信じられない。わたしは有頂天で、電車を間違えたというのに。虹ではなく彩雲で瑞兆とのこと。さあ、どんな良い事があるだろう。
  連翹の狂わんばかり陽を留む      山下 整子 春の黄色は鮮やかである。菜の花、連翹、金雀児・・春に恋焦がれた末の開花だから、その嬉しさに狂わんばかりに咲いているのだ。春の陽光はのんびりしているかのようで実は狂気を孕んでいるのかもしれない。

  春風のような言葉で迎へられ     餘野 スミ子 誰もこれはやさしい人がやさしい言葉で出迎えたのだなと思う。久しぶりに会う母親か友人の言葉だろうか。しかし春風といっても目に埃が入るような突風も吹くと意地悪を言いたくなる。春風という非常にわかりやすい季語に頼っていると、こんな風に言われるからご注意。

  針に通す糸の行方や鳥雲に      井上 ちかえ
手元にある針と糸だから行方も何もあったことじゃない、と思わないで欲しい。針になかなか糸が通らなくて細い糸と小さな針の穴を見つめていると、人生が見えるような気分にならないだろうか。ふと目を上げると、鳥は雲に入っていく。わたしは飛び立つこともせず、針に糸を通せないでいる。そういう切なさを「糸の行方」に感じる。

  過ちを根ほり葉ほりと花曇り      神無 月代
 なんといいリズムだろう。「り」を繰り返しての効果。やはりこれも声に出すとその良さがわかる。過ちというのは犯した本人がいちばん堪えているのに(年金未納の議員はそれを過ちと思っていないから始末が悪い)周りが根ほり葉ほり言い募るのは鬱陶しいこと。それが「花曇り」とよく合っている。

  さっきまでプラトンの居た花堤     小森 清次
なるほどギリシャの哲学者も花にひかれて出てきたらしい。ソクラテスではなくプラトンなのはその方が音が短いから?しかしこれも声に出して読むとプラトンの明るさが花と似合っているように聞こえるから不思議だ。

  町は眠り豆腐は水に沈んでいる     鮫島 康子
 いいですねえ、この風景。何時くらいの昔だろう。一つの町に何軒も豆腐屋があり、朝早くから豆腐を作っていた。「豆腐屋の四季」という本がありましたね。おからのにおいが闇に漂い、出来上がった豆腐は水に沈み、町が起き出すのを待っている。二十四時間営業のコンビニや、深夜かまわずの携帯電話の出現で、こういう町の静けさは失われている。よるの暗さもない代わりに、昼の精一杯働いている活気も薄れている。わたしたちはとっても大切なものを便利さと引き替えてしまったようだ。この句に痛みを感じてしまった。

蒲公英の絮へ埴輪の口が開く      瀧  春樹
 何が楽しいといったら蒲公英の綿毛をふーっと吹くことだ。一度で全部吹けたら良いことがあると期待して吹くが、肺活量が足りないのか、いつも少し残る。耳に入ったら聞こえなくなると脅されてもやっていた。他愛もない行為なのだが、おとなになってもしているわたしは別にして、誰もが子ども時代に体験したことだろう。春樹さんが蒲公英を吹いたかどうかはここでは言及しない。蒲公英の絮は自然に飛ぶものである。その絮が風に乗って埴輪の口に入っていった情景を「埴輪の口が開く」と軽々と代えてしまった。こういう手法を樹集では余り見ない。みなさん真面目すぎるからではないかと密かに思っている。開かない口を埴輪が開けたと発想を転換させている手法を真似て欲しい。もっと言えば嘘をついたり騙したりして愉しんではどうだろうか。俳句では嘘をついたとしても決して詐欺だと、咎められることはない。下手な嘘を付けば見破られるだけのこと、勇気?をだして遊びましょう。

  花吹雪十二三歩の石の橋       末永 晴海
 この句の良さは「十二三歩」にある。きちんとした晴海さんだから本当に歩いて確かめたかもしれない。しかし本当は何歩だったかとかは無関係である。十二三歩が石の橋の長さとしてまったく自然でありかつそれ以上でも以下でも困るのである。これが読み手の真実である。そう想像することで、作り手の虚構がここに真実に変化するのである。

  菜の花や昼月背負い走り出す      宗  五朗
 犯人探しをしよう。昼月を背負って走り出したのは誰(何)だろうと疑問が湧くに違いない。一面の菜の花が風に揺れている。背景に昼月がかかっていただけのこと。と断定したいのだが「菜の花や」と「や」という切れ字があるばかりに、この句のイメージが立ち上がらないで苦労した(読み飛ばした)読者もいることだろう。が、深く意味は考えずに、月を背負って走り出すのは威勢がいいなあと採った人もいるに違いない。さほど俳句は懐が広いのである。遊べば遊ぶほどもっと広く豊かになってくるものなのだと思いたい。

  春愁や荷造り紐の堅すぎる       野田 直美
 わたしは荷造りが下手である。例えば新聞を紐で括る。さて運ぼうと持ち上げると、ばらばらと崩れる。結び方が甘いのだ。だから堅すぎる荷造りを作る人に憧れを感じる。
直美さんは「堅すぎる」と不満げである。憶測を許して頂くと、子どもが巣立ってゆくときの情景に結びつく。子どもが家から離れるために荷造りをしている。それを眺める親は、荷造りの紐がきっちり崩れなく結ばれていることへ、安心とその反対の悲しみを感じる。これは偏見の部類にはいるかもしれないが、複雑な親の思いに他ならない。

  褒めそやした後の春の愁いかな     古永 房代
 三十五歳の若い友人が、中学時代発病の筋萎縮症で、わたしが彩雲を見た翌々日の早朝なくなった。字も書けなくなった彼が小さな声で言うのを聞き取って、昨年の九州俳句大会に代わって投句した二句の内の一句が宇田蓋男さんと布施伊夜子さんの選を戴いた。その句は
  時計草やたらと褒める人だった    西牟田 栄一 筋萎縮症は治らない病気である。彼は死にたくても死ねない。自分一人では舌をかみ切ることも、毒薬をあおることも飛び降りることも出来ない。こういう病気だからこそとご両親は自宅で介護されていたが、そのお二人に「殺してくれ」と迫る息子。殺人の罪になってもこの子が楽になるためにはとまで一時は決意した母。主治医は苦肉の策として俳句を奨めた。そして心から褒めた。それがこの句の背景にあった。言葉が心であるから、この句に二人の選者は心を動かされたのだ。それは当然ではあるが、それでも不思議さを感じる。

2004.6 「樹」146号掲載