作品展望135「樹」141号を読んで

   声を出して 悪のススメ                  
 前回紹介した「千の風」をゆんたす珈琲店のプチコンサートで朗読した。マンドリンの柔らかな音色をバックに贅沢な時間だった。CDを手に入れて次はボーカルに挑戦しよう。実は去年ボーカルデビューをした。歌は「満月の夕べ」戦争で瓦礫となった地にそそぐ満月がテーマの反戦歌。カラオケにもあるがそれは若者向きでとても早くて歌えない。フォーク調にゆっくり歌った。勿論レッスンを受けて練習する。腹式呼吸、重心のかけ方のあとやっと発声練習である。声が出ないが、出ないなら出ないなりに歌えることを教わる。先生に教わるのはとても気持ちが良い。出来ないと尻込みしていたのが、出来るかなあと少し自信が生まれ楽しくなってくる。楽しいと自分で工夫する。で、発表の前日は振り付けまで考えて鏡の前で練習したのだが、本番は歌詞を忘れずに歌うのに必死でふりどころではなかったと白状しよう。自分が教わる立場になって感じたのだが、教えられたことを何回も繰り返し練習すれば絶対に上手くなるが、そのときはなるほどと聞いていても、それをしなければレッスン料はどぶに捨てたも同然である。こんこと言うほどでもないだろうが、身にしみたので一言。
  寂しさは木菟の声きく時なりけり  堀井 芙佐子
 連続俳句賞受賞はめでたい。何回応募しても良いのだから、前回受賞したからと止めないで応募した心意気が嬉しい。第一回受賞の一明さんも次回応募された。樹にはそういう進取の気がある。慣例だとか通例だとかない。新しい俳句誌だから出来ることだろう。しかし会員減少が気になる。しばらく投句がないなあと思ったら辞められたと聞く。寂しい。いろんな俳句があって、いろんな人がいて、刺激を受け合うのが俳句の肥やしになる。こうあるべきという枠のないところが樹の良さなのだが、道がないと感じることもあるのだろうか。道は自分で造るものなのだが。芙佐子さんも自分の道を歩いている。木菟はふつう「みみずく」と読む。振仮名がなければそう読む。が「みみずく」だと五七五に合わない、では「ずく」と読むのか、いや「みみずく」と読んで寂しさを振幅させるのかな?と読者を迷い道に誘う。そして「木菟の声きく時なりけり」とした理由を考える。考えても判らない「木菟の声聞いてより」とすれば「みみずく」と読める。がそうしなかったのは何故なのだろう、と立ち止まらせる。そういう力を持った句。
  もの云えばさみしき石よ鵙猛る  松田  真弓
 ものを云えば石がさみしいという感覚は鋭い。もの言えば唇寒し秋の風という俳句と云うより教訓を芭蕉は残したが、それに比べると詩がある。なにか喋って唇が秋の風に寒かったというのはまあ、当たり前。当時としては斬新な感覚ではあったとしても、名句だとは思わない。しかし真弓さんの感覚はいい。ただ「鵙猛る」がさみしさに対して強くないだろうか。それも考えてのことだろうが。

  産科医の秋夕焼けへ還って行く  宮川 三保子
 産科医が夕焼けの中にとけ込んで帰っていく姿。外科医、小児科医、麻酔医、どれでも合いそうだが、三保子さんは「産科医」を選んだ。この選択が非常に面白い。これが力である。三保子さんが産科医を選んだときに働いた力を読者も感じる。ある感覚を共有するという不思議さがここに生まれ、俳句の魅力を深める。

  冬樹々を越へてしはぶきひとつかな  山下 整子
 以前短歌もされていた恭子さんのお友達。短歌は風景にしろ心理にしろ説明できる長さがある。それを省き、一場面を切り取るのが俳句だから、短歌をしていたら尻尾がつく。ところがこれは切れが鋭い。しわぶきが一つだったと切れ字の「かな」が効果的に使われたからだろう。静けさの中のしわぶきが余計静けさを深める。
  豊年なり治朗の家の次郎柿      井上 好子
 次郎柿をインターネットで調べた。「秋の味覚、次郎柿は森町の原産です。伝え聞くところによると、今からおよそ120年前の安政の頃、森の町に松本治郎という人がおり、太田川の大洪水で堤防に流れついた1本の柿の木の苗を拾って帰り、裏庭に植えたのが始まりです。8年たって実を結び、その形が四角張っていて普通の柿と違っていました。松本治郎はその1つを取って食べてみましたが、実は堅く水分が豊富で甘味も最高、これは柿の王様だと大変喜びました。」とある。静岡県とのこと。大きいのは一個四〇〇円もする。まあそれはともかく、この句の成功は「治朗の家」だ。この固有名詞がいい。このユーモアがいい。樹はとかく真面目な人が多いので、こういう味のある俳句が増えて欲しい。

  ひたすらに祈る人々いちょう降り  合原  正利
 祈る人に黄色な銀杏の葉がはらはらと降っている。静かさの中にみなぎる緊張感と祈りの必死さと、イラク派兵に揺れる日本に一番欲しい姿である。

  球体を残す三日月冴えわたる    澄  たから
 月は角度によってあのような満ち欠けの姿になる、本当は球体なんだよと判っているのだが、見た姿で判断する。だから「球体を残」してと云われるとなるほどそうかと思う。三日月は今から太っていく月なのだから、残すというのは可笑しいと考えないでいい。説明と取る人もいるだろうが、発見と取りたい。

  小春日や横一文字に猫眠る     中村  睦子
 新年俳句大会での兼題「風花」に「ヒューム管より親子猫」房代さんの句であるが、猫好きが何人も選句した。すると子猫は春の季語なのだからと、疑問が出されたが親子猫は季語ではないと落着。季語には縛られたくないが天下の趨勢に逆らうほどの力もないので、季語を一応考慮する。幅広い力が蓄えられたら、季語を越えたところで俳句を作れるようになるだろう。ところで、この句は猫が横一文字に寝ているという情景描写に、猫を飼いはじめた私は強い共感を持つ。幸せな猫である。

  咳をするちょっと動いた猫の耳    夏田  風子
 尾崎放哉は「咳をしても一人」と詠んだ。風子さんは咳をすると、ちょっと耳を動かす猫がそばにいる。猫は自分勝手だの悪口言われるが、飼ってみるとその利口さに驚く。人間は猫の言葉はわからないが、猫は人間の言葉がわかっている。風子さんが咳をすると「う、風邪引いたの?ほんと人間って不便ね。毛皮がないからなんでしょうね。わたしのこの毛並み見てよね」と言わんばかりに耳を動かしたのではないかしらと想う。
  木戸あけて色なき風に吹かれけり   中野  幸子
 紀友則の「吹き来れば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな」に続いて古今集の久我太政大臣雅実の「物思へば色なき風もなかりけり身にしむ秋の心ならひに」で「色なき風」が地位を得た。中国の五行思想では青春、朱夏、白秋、玄冬と四色に分け、秋は白色である。北原白秋もこれによるらしい。秋の風は素秋の風、すなわち素風で華やかな色がなく、寂寥感を帯びるのである。秋の無色透明な風に吹かれたという設定は、だれでも考えるが「木戸あけて」という上の句は幸子さんが得た言葉として生きている。
  
  ゼンマイを巻いて戻して百舌日和   仲 三千子
ゼンマイを巻くというと、時計かオルゴールしか浮かばない。昔はゼンマイ仕掛けのものが沢山あったようだ。巻くのは判るがそれが戻るのではなく意識的に「戻す」のはなんだろう。いや、巻いたり戻したりして遊んでいるのかも知れない。百舌日和は秋天の抜けるような青空が相応しい。百舌もゼンマイ巻かれて鳴いているのだろう。

  鵙日和大黒柱の光りおり       竹原 とき江
 同じく鵙日和だが、鵙と百舌では漢字もだが、感じが違う。大黒柱には鵙であり、ゼンマイには百舌がいい。こういう繊細な感覚が俳句を上達させるに違いない。
  
2004.2 「樹」142号掲載