作品展望134「樹」140号を読んで  樹一月号(二千四年)所載

    風になって悪のススメ                  

 NHK第一放送を聴いていたら、新井満さんが「千の風になって」を朗読した。本屋で探すがないのでインターネットで注文した。9・11同時テロで父親を亡くした11歳の少女が一周忌にこの詩を朗読した。アイルランド共和国のテロで命を落としたイギリス兵士は生前「ぼくが死んだら開けて」と両親に託したのがこの詩だった。誰が作ったのかは判らない。でも満さんはこう推理する。アメリカ西部の山岳地帯に住むネイティブインディアンではないかと。レイラ(風)という少女がいた・・・・・八月の天声人語に書かれて以来の大反響らしい。一部紹介する。
  風になって 作者不明日本語詞新井満
わたしのお墓の前で泣かないでください
わたしはそこにいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を吹き渡っています
秋には光になって畑にふりそそぐ
冬はダイヤのようにきらめく雪になる
朝は鳥になってはあなたを目覚めさせる
夜は星になってあなたを見守る


 黄落や水といふ字の冬に似て    姫野 恭子
黄落は秋なのに、冬の文字は?と疑問を持つのは俳句初心者に必ずある。季重なりはダメと指導されるからだ。しかしこの句は水の文字が「冬に似て」いるという発見を述べただけで、それに気付いたのが黄落の時だった。そういわれると水と冬は似ている。字形もそうだが、根元的に冬は寒さが集まるという意味。水もたしかに集まりである。通底に流れる一体感がこの句を心地よくさせている。

  秋霖の煎薬匂う路地を出る     古永 房子
 煎じ薬は昔よく匂っていたような気がする。半分になるまで煮詰めるという気長さも昔はあった。いまは簡便が合い言葉で、待たないのではなく、待てない人が増えた。だからコンビニの深夜営業が当たり前になっている。しかし人のサイクルは朝日を浴びて起き、夜は静かに思想して眠る生活が最適なのである。薬も化学薬品の速効ではなく煎じ薬のじわじわとゆっくり効くのが人間の体に最適なのだが、人はゆっくり待たない。素早い効き目を期待する。だから今、煎薬の匂う路地が懐かしい。

  花八つ手タンスの底の遺言状    森 喜代美
 八つ手の白い花と遺言状がよく似合のだと喜代美さんのこの句で気付く。これは凄いことである。八つ手の花はよく見かける。遺言状も身近ではないにしても、よく耳にする言葉である。そのいわば平凡な二つの言葉が結ばれてある雰囲気を醸し出すのが俳句の魅力なのだ。使い古された言葉であっても、組み合わせでこのように新鮮になる。毎月樹集五句と翌檜集五句を『樹』に投句をする。それを続けているから、こういう組み合わせが生まれたのではないかと深く感じ入る。確かめたわけではないが、喜代美さんは欠稿なしだとおもう。

  ののさまと風のかたちに咲く菊と  山本 伽具耶
 幼いとき「のんのんさま」とお仏壇に手を合わせなかっただろうか。広辞苑をひくと「日・月・神・仏など尊ぶべきものをさしていう幼児語」とある。手を合わせるという習慣をなくすことは大いなる不幸だ。手を合わせて祈る姿が家庭から消えているように感じるから、大体毎週末に自宅で開いている日記の広場では、おやつなどを皆で頂くときは「お祈り」をすることにしている。特別決まっている言葉はないが、ここにこうしてみんなで集まって美味しいものを頂ける幸せへの感謝と、世界には食べるものがなくて死んでいく人が沢山いるから、そういう人が少しでも減りますようにとお祈りする。

  屋根を越す乳歯の行方冬日向    吉田 佑
 下の歯が抜けたら屋根へ、上の歯が抜けたら床下へと幼いとき放り投げていた。四人の子どもにもそう教えたかったが、アパート住まいでは床下も投げ上げられる屋根もなくて、昔はね・・・・と話すことしか出来なかったので、抜けた歯を大事に持っていて祖父母の家に行ったとき投げていたような気がする。放り投げたら屋根を越すほどの歯の持ち主は元気な男の子だろうか。冬陽があたたかだ。

  種採りて引出し深く眠らせる   穴井 三代子
 何の種なんだろうか。鳳仙花の種とか朝顔とか向日葵とか具体的に名前を出すと、種の大きさや色などを想像してもっと楽しくなるだろう。先日、風船葛の種を採って来年撒こうとフイルム入れにいれた。わたしの場合、引出しに入れてしまうと次に出すとき探し回るから、本棚に置いているのだが、三代子さんは眠らせて大事にしているのだなあとずぼらな我が身を反省。
  
  冬の雨秋のしずけさ消してゆく  井手口 仁
 冬と秋を同時に使うこの大胆さが好きだ。中学生だからという好意もあるかもしれない。初冬の雨に激しさを感じ驚いたからこういう句が生まれた。季重なりはダメだとか俳句に関する通り一遍の常識があると、それに縛られてこういう句は作れない。羨ましく感じる。

  魂が楽に抜けたる芒かな     井上 佐知子
 西田佐知子が大好きだった。だから晴海さんのご学友の佐知子さんをわたしは西田さんとよく言ってしまう。それをちっとも気にせずとっても真面目に俳句に取り組む姿に九年目を迎えてすれかけた?美禄句会の面々は良い刺激を頂いている。さて、この句の素敵さに唸ってしまう。「魂が楽に抜け」るとは従来の佐知子さんからは想像も出来ない言葉だ。句会で何も知らないからと、他の人の句評に感心して頷いている佐知子さんは、その素直さでぐんぐん吸収していった。きっと芒原で、銀の波の美しさに感嘆して、この美しさをどう現わしたらいいのだろうと考えたに違いない。考え考え、そしてふっと生まれたような気がする。まさに「楽に抜けた」のだ。

  カメラの目暗し桐の実が鳴りぬ  神無 月代  
 美禄句会には出なかった句。カメラをわたしはつい写真機と言い、娘に笑われるのだが、この場合やっぱり「カメラ」でなくては駄目。なぜなら桐の実に写真機と「キ」が重なるからと洒落を言ってる場合ではないのだが、これも八つ手と遺言状の取り合わせと同じで、カメラと桐の実の取り合わせが良い。しかも「カメラの目が暗い」は優れた発見だ。言われてみたらそうなのだが、それを発見して句にしたところが素晴らしい。日頃感性を磨いていなければ出来ない言葉だと思う。
  
   秋冷の気配束ねて飯を炊く    小森 清次
 清次さんは上手いからこの作品展望にはなるべく取り上げないのだが敢えてここに書くのは、大好きだったからだ。
秋冷の気配を束ねるなんてできっこないのに、こう書かれると納得してしまう。郷愁かも知れぬが古い日本の厨に漂っていた気配だ。竈で炊く飯を思ってしまう。

  ひら仮名をゆるりと書いて鳶は去る 河野 信子
 なんという仮名を鳶は書いたのだろう。わたしの癖でそれが知りたくなる。でも、平仮名を書くようにゆうるりと鳶が舞ったと信子さんは言いたかった。鳶だから「と」と「ん」「び」だろうか?こういうとき読者は好きなひら仮名を思い浮かべて良いのだが、そういう習慣が読者にないと、この句はあまり歓迎されないのかもしれない・

  この国の軋みはじめて十二月八日  増谷 信一
 二千三年十二月九日、小泉首相は自衛隊のイラク派兵を決定した。日本は戦争放棄の憲法を持っているにもかかわらず、戦争終結というアメリカの発表を信じているふりをし続け、派兵を決意した。自衛隊員には危険手当が一日三万円(一説では一万)付くというのだから、戦闘地域へ行くという危険をも想定してのことだろうか。日本は軋んでいる。それはあの十二月八日から端を発しているのだから、この句は社会性俳句として一人立ちする。