作品展望133 「樹」139号を読んで

    天衣無縫に悪のススメ                  

 十一月七日(金)秋の気持ちよい青空が広がる八女のベンガラ村で姫野恭子さんの労作「石橋秀野ノート」出版祝句会が開かれた。遠くは徳山の伽具耶さんがお祝いに自作のケーキとともに見える。「秀野ノート」のあとがきにもあるように、八女句会を発足させたからと春樹代表と招かれて句会に参加し、たまたま開かれていた「秀野資料展」を見たことがこの本のきっかけになったのだから、縁を感じる。秀野さんが八女の恭子さんに縁を感じて「わたしのことを書いて」と願ったから、こういう本が出来上がったのかも知れない。魂と魂が引き合ったのだ。
 隣の部屋では昼の宴が始まっていて、地ビールはうまくないうんぬんと筑後弁が賑やかである。私たち八人は秘やかにおしゃべりして、出句を清記用紙に書き写す。一句から四句出し計十三人三十二句。小学生中学生の句もあるのが八女句会の特徴。菊が兼題だったが、挨拶句として秀野の名の俳句を出したら高点句となり、魔除けの効果もある漆器の玉のチョーカーを戴く。ずっとつけているが、みんなから「いいねえ」と羨ましがられる。樹の新年句会の賞品もこれくらい素敵だったらいいのにと密かにおもう。
  枝豆の甘きをかめば陽の匂い    林  輝義
 取り立ての野菜の甘さは格別である。先日抜いたばかりという大根を戴いたが、そのまま切って食べると甘みが広がる。土の甘さだと思った。枝豆なら太陽の甘さなのかも知れない。こう詠まれると当たり前のような気がするが実はこのように気が付くことは難しいことである。甘さの比較の対象が陽光であるとは、その懐の大きさに嬉しくなる。

  郁子熟れる頃郁子と別れしか   広重 静澄
 最近の『現代俳句』に八木健さんが「楽しい俳句」という題の講演記録が掲載されていた。とにかく機知・頓知で作るからいくらでも出来る。句会は苦会だなんてとんでもない。眉に皺寄せて俳句作らなくてもいいんじゃないかと
いう趣旨。そのあと静澄さんの句を読んで面白かった。それに通草によく似た、いや通草がむべに似ているのだが、そのむべを月代さんから戴いて食べたが、通草より種が大きくて甘みも強く感じた。通草が上品な甘さだったら、郁子はおおらかな甘さである。なるほど美味い「むべなるかな」と褒められたから「むべ」そのむべにそっくりだけれど、実が開くから「あけび」と名が付いたのだったら、むべが先と解明できるはずだがどうであろう。
 郁子が「いくこ」ではなく「ふみこ」というのも泣かせる。これがリアリティの持つおかしみであろう。

  子は遠し遠し野菊と吹かれいる  古永 房代
 遊学の子であろうか、思いを馳せる母親の姿である。風に吹かれるのなら背の高い紫苑が相応しいような気がするが、足下に咲く野菊といっしょに房代さんは風に吹かれていたのだ。このリズムがなんともいい。言葉から見れば八四五だが、「子は遠し」で一度切れ、また「遠し」で切る。この二つ切れの中に母親の万感が込められる。だから野菊でいいのである。

  何れにも与せぬ秋の蜂であり   増谷 信一
 蜂は春の季語。それで村上鬼城の 冬蜂の死に所なく歩きけり という有名な句を思い出す。何れにも与しないというのは何と何に与しないのだろうか。鬼城の俳句が念頭にあれば「生と死」のいずれにも与さない蜂となる。しかしそれでは漠然としてこの蜂の姿が浮かんでこない。すると作者は「何れにも与しない秋の蜂」のようにわたしは生きている、と言いたいのだろうか。が、そういう説明は深読みになってしまう。「与せぬ」という風格のある言葉に負けないためには具体を入れることだろう。
  小さい秋むんずと掴むにぎり飯  餘野 スミ子
 小さい秋はあるけど、小さい春はない。小さい秋はあるけれど大きい秋はない。とすると「小さい秋」と初めに歌った人は素晴らしい、言葉を作ったのだから。さて掲句にもどろう。「むんず」がこれ以外のどんな言葉をもってきてもしっくり来ない。豊かな秋の予感は「小さい秋」である。このにぎり飯は「むんず」と掴むのだから小さくない。豊かに握られている。そういう対比が面白みを醸し出す。

  葉鶏頭強い方には靡かない    江島 ひろみ
 意味がわかりにくいのだが、やさしい俳句が多い樹集では目立つ句である。葉鶏頭が強い方に靡かないでしゃんと太い茎で立っている。という写生句。
  
狂うだけ狂えば南蛮ぎせるかな  沖 隆史
 南蛮ぎせるは八女の堺家の坪庭で見た。芒の根元にしか出来ない。万葉集に 道の辺の尾花が下の思ひ草今更なにのものか思はむ と花が横向きに咲くことから「思い草」と呼ばれて歌われている。茎はまるで枯れているかのように薄茶色の目立たない花でる。「狂うだけ狂う」のが真紅の薔薇とか真っ白なカサブランカでは道具立て過ぎて、いかにも物語が始まりますよと知らせる。だからさりげなく南蛮煙管を下五に据える。これはテクニックというより生活感の所産であろう。
  潅水の付録秋虹いくたびも    鹿島 貞子
 潅水車というのが夏に道路をゆっくり水を撒きながらは動いていた光景を思い出す。が、潅水を手元の小さめの国語辞典で探すと、スプリンクラーや灌漑農業はあるが、潅水はない。勿論広辞苑や大辞林にはあるのだが。そのせいだろうか、一読したときの懐かしさは。それから「潅水の付録」という表現が、貞子さんはこれを思いついたとき顔を輝かせたに違いないと感じた。秋虹をいくたび立たせ水を撒く と意味は同じだが「潅水の付録」とした時の貞子さんの心躍りは伝わってこない。漢字ばかりで硬いと評する向きもあろうが「いくたびも」とひらがな表記で柔らかくおさめているのが効果的に映る。

  ひがんばなごんぺえの塚に咲いて呉れ 合原 正利
 にほんむかしばなしの世界だろうか。素朴ないい方に好感を持った。技巧や屈折や心象の句もいいが、芭蕉は「俳句は三尺の童子に述べさせよ」と言ったとか。それを思い出させる句である。横に並んで 定期便いわし雲縫い点となり いうきちんとした写生句があるから、一層感じるのかも知れない。

  桐一葉ひと葉吹かれて国の病む    小森 清次
 『樹』の良いところは(書く方には辛いのだが)締め切りが近いことである。だから清次さんのこの句を「あの総裁首切り」のことだなと感じた。いやまだまだ病む日本を感じさせる事象は限りなくあるのだけれど。
「辞めてください」と言って「はい辞めます」と素直に言うとでも石原国土交通大臣は思ったのだろうか。藤井総裁は老練(したたか)だから簡単には辞めませんよと進言する人も石原氏の周りにはいなかったのだろうか。若さはいいが未熟は困ると「老人党」を作ったなだいなだ氏は直言する。病む日本への特効薬はないが、メディアが流す情報を鵜呑みにせず真実を見ようと一人ひとりが考えることで、国は立ち直る。

  海ありて五指のすべてがおとなしい  鮫島 康子
 康子さんの感覚はみずみずしい。海があることと指がおとなしいことの相関関係はどこにもない。しかし、康子さんがそう詠むと納得する。へー、そうなんだと百トリビアぐらい感心してしまう。当たり前を感じる心も大事だが、そこから一段自分を押し上げて、自分だけの驚きや発見を述べる勇気を持ちたいと康子さんの俳句にいつも感じる。これで判るだろうかと他を気にしていてはそれは出来ない。生活上では人の思惑を意に介しない傲慢と言われる態度も、俳句では許される。ここで断っておくが康子さんの俳句が傲慢と言っているのではない。天衣無縫なのだ。
狭い心の人が傲慢と言う言葉を使いたがるのだろう。先月号、選句態度で同じ事を書いたのがとても嬉しかった。

2003.12 「樹」139号掲載